横浜地方裁判所横須賀支部 昭和32年(わ)259号 判決 1958年10月06日
被告人 磯崎実
主文
被告人を懲役参年に処する。
但し本裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用中証人藤井安雄に支給の分は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、高等小学校卒業後、国有鉄道横浜機関区に庫内係として勤めていたが、生来無口でおとなしく、素直で、人情深く、正直で仕事も熱心だが、仕事先や対人関係では消極的で、内閉性の性格であつたため、一定の職場に永つづきがせす、その後国鉄田浦駅の改札係、日東自動車株式会社の修理工、東急車輛株式会社の職工などをし、昭和二十七年六月頃、米海軍追浜基地食堂のボーイとして勤務していた折り、横須賀市坂下のキング・ダンスホールで知り合つた武藤美智子と恋愛関係を生じ、約三ヶ月間、被告人の実家である同市田浦町二丁目八十五番地磯崎幾久男方に同女と同棲していたが、両親から、同女との結婚を反対されたため、実家を出て、美智子の母許である逗子市桜山千六百二十一番地武藤スエ方に美智子と同棲中、昭和二十八年五月八日美智子は、被告人の胤を宿して長男隆を生むに至つたので、被告人は、両親の反対をおしきつて、同年七月二十四日同女と婚姻をするに至つたものであるが、当時失職し、義兄大高勇治の斡旋で、ようやく就職した勤先の大和船舶株式会社も、事業不振のため、昭和二十九年三月頃閉鎖されて失職し、爾来定職なく、生活に窮した結果、乏しい家財道具などを売り払い、わずかに糊口をつないでいたものの、遂に売る物とてもなくなり、はては、被告人は、恥を忍んで勘当中である前記実家の母の許に、しばしば米、味噌、醤油などを乞い、また、美智子は、近隣の者から、隆の口に与える食物を貰い受けなどして辛うじて幼い隆の露命をつないでいるありさまであつたので、いくたびか、死を思い、或るいは幼い隆を大磯のサンダースホームに預けることなどを、思い出すこともあつたが、生来内閉性消極的の性格で、内気のため、これを美智子に話しだすこともできず、独り懊悩しつづけてきたのであるが、被告人夫婦はすでに一週間余にわたり、全く常食を口にすることができず、悲惨その極に達していたので、同年八月二日美智子と相談の上、右隆(当時生後一年三月)を、被告人の実家である前記磯崎幾久男方に預けて育てて貰うことにし、同日午後二時頃、隆を連れて、当時の被告人の居宅である前記武藤スエ方を出て、同市桜山の京浜バス「上桜山停留所」から田浦行のバスに乗り、実家に向う途中、勘当先の実家に行くには時間が早すぎるから、隆と散歩がてら神武寺山ハイキングコースを通つて、歩いて行けば、実家に着く頃には暗くなる、と考え、同市沼間の「神社前停留所」で右バスを降り、隆と共に神武寺山参道を約一粁ほど登り、同日午後三時頃、同市沼間千三百八十二番地先山王山(神武寺)の山道にさしかかつた際、隆を実家へ連れ戻つて親に頼んでも、自分は勘当されている身の上であるから、隆を快く引き取つてくれる筈はないし、ゆくすえに生活の希望も持てないから、いつそのこと、この際ひと思いに隆を殺して自分も自殺しよう、と決意し、無心に路傍の草花を摘んでいた隆を抱えて、附近の旧日本海軍の構築した防空壕内に至り、同所において、携えていた隆の「おしめ」を同人の頸部に捲きつけ、両手をもつてこれを絞扼し、因つて同人を即時窒息死に至らしめて殺害の目的を遂げ、つづいて右防空壕内の地面に、両手で深さ約十糎余の穴を堀り、右隆の死体をこれに埋没してこれを同所に遺棄し、その場において、携えていた安全剃刀をもつて自分の咽喉部を切り、自殺を企てたが果さず、その後三年四月を経過した昭和三十二年十二月十九日右各犯行を金沢警察署の司法警察員に自首したものである。が、右各犯行の当時、被告人は、精神分裂症のため、是非善悪の判断に従つて行動する能力に著しい障害があり、刑法第三十九条第二項にいわゆる心神耗弱の状態にあつたものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
これを法令に照すに、被告人の判示所為中、殺人の点は刑法第百九十九条に、死体遺棄の点は同法第百九十条に該当するから、殺人の罪につき所定刑中有期懲役刑を選択し、被告人は右各犯行当時心神耗弱の状態にあり、かつ、罪を犯し未だ官に発覚しない前に自首したものであるから、同法第三十九条第二項第四十二条第一項第六十八条第三号により、右各罪につきそれぞれ法律上の減軽をし、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条第十条により、重き殺人の罪につき定めた刑に併合罪の加重をした刑期範囲内において、被告人を懲役参年に処し、犯情に鑑み刑の執行を猶予するを相当と認め、同法第二十五条第一項を適用して、本裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用中証人藤井安雄に支給の分は、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り、これを被告人に負担させるものとする。
右の理由によつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 上泉実 千代浦昌美 石渡満子)